北山(泥ラジMC)

運動と勉強以外は何でもできる万能人間。
特技:大体の奴に勝つこと。

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個人のラジオのHP:https://www.dororazi.com

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エントリーシートを一枚も書かずに24歳で年収1000万円にになった話 ラスト『働き方とお金編』&おまけ:1000万円稼ぐ営業スキル

前回『無職になっちゃったよ編』はコチラそうして無職の後に転職をした僕。しばらく働いてみての生活や環境、意識の変化を書いていければと思います。そもそも同労条件がどのくらい変わったのか。■勤務時間前職:朝10時→夜9時(月末は朝9時→夜10時)現職:8時45分→7時半(6時定時なので気合次第でもっと早く帰れる)■給与前職:額面60万 手取り月45万+ボーナス(100前後)現職:額面29万 手取り月24万 ボーナス無し■休み前職:毎週水曜日+平日1日シフトで休み(休日も携帯鳴りまくり)現職:毎週火曜水曜休み。休日に携帯全く鳴らない。■仕事内容前職:毎日数字に追われる。クソストイック会社。キツいけど、やりがいと社内の雰囲気と士気は良い。日々頭を使っての交渉。仕事が結構楽しい。現職:ノルマが厳しくない。毎日サボってる。成果全く出してない。社内静か。そもそも仕事を真面目にしてないので、仕事も楽しくない。このくらい変わりました。単純に、『お金はあるけど時間が無い、仕事楽しい』状態から『お金は無いけど時間はそこそこある、仕事は楽しくない』状態に変化しました。年収を凄く減らしたので、「生活大丈夫かな?」と思っていたのですが、さほど問題は無いです。ただ、やはりお金が無いです。金銭感覚が戻ってないからだと思います。細かい浪費の癖が抜けません。もともと無欲な方だったので、数万円の買い物をすることは滅多にないのですが、逆に一杯700円のコーヒーや、コンビニで毎回1000円近い買い物をする癖がついており、無駄に高い生活の基本費を払ってしまっています。その癖がまだ抜けなくて、それだけが今かなり僕を苦しめている状況です。マジで金がねぇっす。米とか働いてる時は年に二回炊けばいい方だったのですが、今はかなり頻繁に炊いてます。ただ、なんかどえらい額の住民税の請求が来てたので「んなもん払えねーよ。無いからマジで払えねーぞ」とシカトしていたら、給与差し押さえの通告が来てしまったので、震えています。明日役所に電話します。逆にお金が無いけど時間があるので、自分の判断基準が変化してきました。興味深いですね。正直、前職で働いている時は一万円の価値って、今の3000円くらいのイメージで使っていました。それに加えて、時間があまりなかったので、生活の判断が『お金を使ってなるべく楽に生きる』という感じでした。短期的な快楽ばかり求めて『面倒だからコンビニで買う』『面倒だからタクシー乗る』とか、あと結構適当に女の子とセックスしてました。ご飯代とタクシー代とホテル代含めて一万円くらいで、そこそこ気持ち良くてリラックス出来る娯楽として、セックスを選択してました。本を読んだり、創作活動をするなどの娯楽や、ゲームすらもしていませんでした。正直仕事を頑張って数字を上げることに脳のメモリの大半を費やしていたので、時間と頭を使って得られる快楽を受け取るのがしんどくなっていました。なので、甘い物や、たまの大きな買い物、手軽なセックス、などを日々の娯楽として消費しながら生きていました。今は正直『セックスする金あったら他の事に使うわ』って割と思っています。逆に時間があるので、かなり毎日本を読んでいます。(仕事をサボって)なので、一万円の価値が『一回のセックス』から『本6冊』に変わりました。(セックスがしたい気持ちが消滅した訳では無いので、「あ~~~~~セックスしてぇ~~~ま、女の子に連絡して金使ってセックスするのも面倒だし金もかかるし何にもならねぇからな~~~オナニーでいいか~~~~~~~~」って感じですけどね。)お金が無いデメリットとして、『10万円くらいの初期投資で出来ることが出来なくった。』という事があります。これが僕が転職した中で最大で、最悪のデメリットです。どういうことかと言いますと、僕は熱しやすく冷めやすいタイプなので、いろんなものに手を出したくなりますし、売れたいので様々な企画のアイデアを出すのですが、総じて新しい事をやろうとすると機材や場所代やなんやかんやで10万くらいかかったりするのです、それがポンっと払えなくなりました。正直最近この問題に直面して、お金を稼ぐ必要性を感じ始めています。今のお金で生きていると、一個の企画を作るお金を貯めるのに数か月かかります。それだと遅すぎるのです。せめて月に一個くらいのやりたい事を実現するためにもお金の問題が今避けては通れないので、最近では「スポンサーか出資者が欲しい…」と思っています。舐めてます。でも、創作活動をする前提なので、それ以外の事で給料が下がったことによるストレスはかなり少ないです。まぁ久しぶりにこんなにお金の無い生活を送っていますし、カードもちょいちょい止まってるので、金欠によるストレスはありますが、高い買い物がしたい訳ではないのでそのうち慣れるでしょう。大きな結論がある訳では無いこの連載ですが、この記事を書きながら僕もお金のことや働くことについて考えながら、ダラダラと書き綴ってきました。僕が新卒で働き始めて、楽しみながら働いて、お金を稼げるようになって、辞めて、楽しくない仕事について、サボりまくって、今感じてる事は何が正解かわっかんねぇ。って事です。ふざけんな。って思いますよね。僕も結局何が正しいのかわかってないです。僕がこの先の人生でメディアや自己表現の世界で生きられたならこの選択が正しかったって事になりますし、そうじゃ無ければ前職を続けていた方が良かった気もします。ただ、僕は自分の選択を全く後悔していません、そこそこ高収入だったこと、ノリで辞めた事、そのおかげでこうして駄文を書くネタになってるわけで。もし皆さんが今後、就活や転職活動の際に、「この会社なら凄い稼げるよ」って言われた時にはこのコラムを思い出して下さい。単価が高い営業職で、年収1000万稼ぐのはそんなに難しくないけど、年収1000万だとそれを人生の指針にするほど素敵な生活が出来ない。ということ。そして、年収は全然落としても何とかなるということ。です。特に笑えるわけでも、今後に生かせるわけでもなさそうな連載ですが、僕の視点から見た世界を切り取ったコラムにお付き合いいただき誠にありがとうございました。■結構長いおまけヘラヘラやりながら年収1000万円稼ぐ営業技術なんか年収1000万になれそうな記事のタイトルなのに、役に立たない身の話ばかりを書いたせめてもの償いとして、僕が営業の時に気づいた事や思考法などを大公開しちゃいます。■最速で結果を出したいなら『馬鹿な機械になれ』僕の周りの営業で、成果の初速が早いのは総じて『バカ』でした。とにかく何でもいいから最速で結果を出したいのであれば、バカな機械になることが一番の近道です。どういうことかと言いますと、何も考えないで言われたことを忠実になれる人間が初速だけで言うと圧倒的に早いです。変に自分の頭に自信がある奴に限って「俺は俺のやり方がある」とか思って、素直に話を聞きません。なので、「言われたことを何の疑問も持たずにやる」これが出来る人は初速は早い場合が多いです。明るいバカは大体数字が上がるのがめちゃくちゃ早いです。ただ、バカな機械では正直中堅が良いところです。バカな機械のままで更に上を目指せるのは、ネジが飛んでるくらい同じことを何度も出来る馬力を持ったごく一部の人間だけです。■馬鹿には限界があるバカになれ、と言っといてなんですが、バカには行ける限界があります。何故なら、バカは出来ることが少ないからです。バカの営業は刀一本持って、手あたり次第に切りまくる営業に近いです。ガードが弱い人間や死にたがりの人間は殺せますが、ガチガチにガードした人間や強い人間には歯が立ちません。それを数でカバーしているだけなので、ある程度のところまでは素早く行けるのですが、そのままでは更に上に行くのは苦労します。■「意味」を考え「理屈」で覚えるバカのままでは限界があるのは、応用が利かないからです。基本的に人に物事を教える場合、一から十まで説明するのは面倒なので、理由を説明しないでやることだけ指示を出す人が多いです。例えば「道行く人に声をかけて営業して、声をかけるのは半袖シャツの人だけでいいよ」という指示があったとします。(実際にこんな指示は無いですが)数字が上がらない人間はモジモジして、「あ、あの人は七分丈か。あの人はほぼタンクトップだな。女性の肩出しは半袖じゃないから話しかけても意味無いよな…」と勝手に言い訳や意味の無い分析を盾に動きません。数字の上がるバカは「分かりました!」と道行く全ての半袖やタンクトップやチューブトップにも声をかけまくります。実はこの時の上司の「半袖シャツの人にだけ」という言葉の真意は『サラリーマンで半袖シャツの人間は公務員が多く、公務員はこの商材を買ってくれやすいから』という真意があったりします(この例えは僕が今考えた適当ですよ)。でも、世の中の上司や先輩は、言っても理解できないバカや懇切丁寧に説明してもすぐ辞める人間が多いので面倒がって、やる行動だけを教えたりするのです。この時に「何で半袖の人間なんですか」と『何故そうなのか』という所に疑問を持って、意味を理解する癖を付けることによって、知識の差が数年後天と地ほどの差が出来、応用が利く人間になれるのかどうかに繋がります。もっと言うと、「なぜ公務員はこの商材を買いやすいのか」と答えに付随して生まれる疑問もどんどん質問して、意味で体系的に理解する事が大事です。これは勉強にも同じことです。暗記ではなく意味で覚えることを意識してください。そして、意味を問うた時に『そんな事はいいからとりあえずやれ派』もいるのですが、あまりに理由を面倒がって教えてくれないそのタイプをを一番に頼るのはやめましょう。単純にその上司も意味を理解できていない人間の可能性があります。■世界に興味を持つなので、何でも理屈で覚えるためには、何でも「実は理屈がある」と思って生きるように意識して生きる癖を付けてください。「実はこのロゴマーク、この形なのには意味があるのかも」「あの会社の制服、あの色なのには理由があるのかも」などです。今までどうでもいい、と気にも留めていなかった事にも「どういう理由でこうなってるんだろう」と注意を向けてみて下さい。そしてさらに「その疑問に対して仮説を立てる癖」を身に着けてください。例えば「この建物変な形だな。意図的にこういう形で作ったのかな?それともそうせざるを得ない理由があるのか?前者ならこの部分が道行く人の目を引くとかかな。後者なら土地の権利がゴチャゴチャでこの形にしか作れなかったとかかな…」等です。この仮説を立てることによって、多くの事に気付きやすくなり、答え合わせをしたときに「なるほど」という感情の動きが出るので記憶に定着しやすくなります。■仕事を「楽しい」と口に出し、思い込む。最後に、僕は仕事を楽しんで本気でやらないと成果が上がらないタイプでした。(要領よくやる、という事が苦手なだけかもしれませんが)「やりたくない事はやらない!」と決めているので、一度やりたくないと思ったら全然やらなくなっちゃうんです。だからこそ前職の時は「仕事が楽しい」と口に出してました。楽しいとマジで言い続けることによって、実際にテンションも上がってきます。モチベーションも上がるので、結果的にそのうち成果が出ます。そしたらマジで楽しくなってきます。「だりぃ~~」とか口に出しちゃうけど、結果が欲しい人は「割と楽しい」と口に出すことをお勧めします。その時に楽しい理由は、結果以外のものと結び付けて楽しんでください。「成果は出ないけ学びがあるのが楽しい」とか「成果は出て無いけど、人と沢山話せて楽しい」とか。成果と切り離して単体で仕事を楽しめることを意識づけてください。以上が僕が必死で働いた中で見つけた事たちの一部ですので、皆様の仕事に少しでも役立てていただければ幸いです。ここまで本当に長い文章にお付き合いいただき誠にありがとうございました。■お知らせ私北山。新しくメディアサイトを立ち上げることとなりました。名は「ハイパーグラウンド」二人の編集長の片方が僕です。9月1日から本格始動で、現在も既に読み物やラジオ等もございますので、是非チェックしてみて下さい。そっちでもコラムとか記事とか書いてますので、是非覗いてみて下さい。

少年期に絶望していた人間こそ、天気の子を見るべきだ

みなさん、こんにちは。『天気の子』見ましたか?僕は二回見ました。人生で初めて映画館で二回同じ映画を見ました。そのくらい心に来るものがあったので、今回は天気の子の話をしたいと思います。※ネタバレをしないように極力気を付けますが、全く事前情報を入れないで見たい。という方は視聴後にこの記事を見ることをお勧めします。■天気の子の死ぬほどざっくりなあらすじ島に住んでる高校生が船に乗って東京に家出したら、東京で住み込みで働かせてくれるオッサンと会って、そこで働いてたら『100%の晴れ女』であるヒロインと出会って、なんか世の中を晴れさせたりする感じのナイスな話。なのですが、(詳細なあらすじを知りたい人は自分で調べてください)実はこの映画、タイトルでも述べたように、辛い少年期を送った人にこそ見て欲しい映画なんです。なんとなくCMのイメージ的に「どうせ青春的な感じでカップルがデートで見に行くんでしょ」と思って嫌厭している、しんどい青春を送ってきたアナタにこそ見てもらいたい。なぜならこの映画、『子供時代の生きづらさや最悪さ、あの頃のどうしようも無い絶望感』を凄く精密に描いていたからです。正直、前半はそこまで引き込まれる要素は無いです。家出をした少年と、都合よく住み込みで働かせてくれる大人。そこに現れる二歳年上で母性に溢れて可愛いくて、しかも弟と二人暮らしのヒロイン達。そんな感じのキャラクターとの生活模様が導入部なので、「童貞の妄想みてぇな映画やん」「いたわ、クラスに一人くらい。すげー良くできた妄想喋ってくる奴。そいつの考えた話みてぇ」と思っていました。僕が凄く引き込まれたのは、中盤。主人公が住み込んでいる家を追い出されることになり、ヒロインも二人暮らしのアパートを出ざるを得ない状況になり「三人で逃げよう」となります。その後の東京での行き場の無さを描いた描写が、死ぬほど懐かしい気分になるんです。忘れていた子供の頃の絶望感と無力感を思い出させてくれるんです。ここで、少しだけ僕の話をさせてください。(隙あらば自分語りという奴ですね。いちいち「隙あらば自分語りか」と揶揄する人間は総じてカスです)僕は、幸せでも無ければ不幸でもない、誰もが持っているくらいのありふれた絶望を持って生きている子供でした。片親で団地で過ごし、ドラマになるほどではないありふれた貧乏と、事件性に発展するほどでもない暴力と、ぼんやりとした劣等感の中で毎日を生き、非行に走る勇気も無く、運動神経も、学力も、容姿も、お金も、『最底辺』と比べたらマシだけれど、中央値からは大きく下回る所にいる。というありふれた『持って無い子供』でした。離婚した両親の母親に引き取られ、母親が「もうこの子とは一緒に生活できない。これ以上一緒に過ごしたら殺してしまうかも」と僕との生活を放棄すると、父親に引き取られ、また父親と数年生活をすると「お前を俺は育てたくない」と言われ両親でパス回しをされるように生きてきた僕ですが、その時のはるか昔に忘れていた感情を思い出させてくれるんです。もうここで生きていたくないと思って、家を飛び出したものの、財布にお金も全く無く、行くところも、頼る人間もおらず、ただ夜通し道を歩いたり。公園のベンチで寝れもしないまま寒さに耐えて朝を待って、朝には満身創痍なのに家を出てから24時間も経っていない、あの気持ちを思い出したんです。大人になった今、数日家に帰らなくたって、夜中の新宿に放り出されたって、なんの不安も無いし、タクシーもホテルもあってどうにでもなります。でも、子供の頃は違いました。一日夜を超えるのが精いっぱいで、自分の無力感で死んでしまいたくて、でも死ぬ勇気も無くて。そうだ、子供の頃って本当に最悪だったなぁって、この映画で思い出したんです。「子供に戻りたい~」って言う人もいます。僕は思いません。そう言う人はこの映画の中盤を見ても特に何も思わないんだと思いますが、僕は子供時代の持つ地獄をありありと思い出せて、感情を揺さぶられる凄く良い映画だと思いました。中盤のラストにかけて、主人公がヒロインに「ずっと一緒に暮らそう」「僕が働くから」と絵空事の様な話をするシーンも凄く良かったです。僕が少し大人になった大学生の頃、夜中の公園で「このままどっか二人で行っちゃおうか。それで二人でひっそり暮らそうか」って約束で何とか生きていた頃を思い出しました。正直、この映画の本質はそこではないかもしれません。でも、僕はこの映画を通して、「この映画から素敵なモノを全部無くした何もない、ありふれた絶望だけがあったのが、僕の人生だったな」って思い出せて、大人であることに安堵できる、そんな部分に凄く惹かれました。勿論、そこから終盤にかけての展開も凄く面白かったです。二回目見るときは考察を読んでから見たので、二回目で泣きました。もし既に一回見た人は「須賀さん 奥さん 考察」とかで検索してから見るのをお勧めします。まぁその考察が正しいかは知りません。結論として何が言いたいかと言うと、天気の子は最高で、大人の人生はもっともっと最高だってことに気が付いたよって事です。気になった方は是非劇場に足を運んで、「確かに…」って思うか「アイツの書いてたこと意味不明だったな…」って思って頂ければと思います。読んでいただき、誠にありがとうございました。

エントリーシートを一枚も書かずに24歳で年収1000万円にになった話 その3『無職になっちゃったよ編』

こんにちは。北山です。怪しい情報商材みたいなコラムの第三回です。前回の『怒涛社会人編』はコチラそんなこんなで主任になった僕。主任になってもやることは変わらず、何となくで働いていました。僕はお金にそこまで執着しないタイプだったので、「仕事してて面白い物件が良いなぁ」と思ってクソボロボロのマンションをやったり、地元の物件をやったりと、『変な場所で変な案件で数字を作ってる変な人』という立ち位置に落ち着きました。部屋全体が湿気によるカビで朽ち果てて、崩壊寸前の部屋を1万円で買い取りしたり、「取引をするマンションにヤクザの事務所が入ってる」という噂を聞いて見に行ったら、ヤクザが勝手につけた監視カメラと目が合い、事務所から出てきたチンピラに睨まれ「あ。死んだ」と思ったり、仕事としてはかなり楽しんでいました。そんなこんなで、主任になって一年が過ぎようとしていた時、またもやラッキーな大口のお客さんと仲良くなり、成績が爆上がり。二年目の終わりに係長に昇格しました。野原係長と同じ役職です。係長になると、課長がいない日は課長代理として課を回さないといけないので、「俺、上司っぽくなってて草」と思っていました。新卒で入った時に同じ課だった先輩が課長になって、その先輩の下で係長としてサブをやれることを誇らしく思った事を覚えています。ですが、相変わらず適当に生きてるせいか、会社のど真ん中で別の課長から「今ここで俺に土下座しろよ!」と鬼詰めされたりもしました。怖いですね。ちなみに突然土下座しろ、と言われても咄嗟に出下座は出ない。という事を学びました。そんなこんなの係長生活、かなり楽しかったです。直属の後輩を主任にしてあげた時には、ちょっと感極まりそうでした(ソイツは主任になってしばらくして会社を辞めました。甲斐がねぇわ)年収も順調に上がりこの時点で年収1000万がほぼ確定していました。係長になって一年が経とうとしていたある冬の日、僕は家の玄関ドアを開けて空を見上げてこう思いました。「あぁ、天気良いな…会社辞めるか」と。思い立ったが吉日。それ以外は全て凶日。とトリコさんも言っていたので、会社に着くや否や人事に退職届を貰い、困ってる人事を余所にその場で書いてその日に課長に提出しました。人事も課長も「え????何で????どうした????」となっていましたが、僕は「もう辞める気持ちになったんで辞めまーーーーす!なるはやで辞めさせてくれぇ~~~~~!」と持ち前の半笑いでゴリ押ししたら、一週間後が最終出社になりました。クソ早。有休が20日くらいと、貯金が100万くらいと、支払われてない歩合が100万くらいあったので、まぁ死にはしないだろう。いっちょ辞めてみっか!という感じです。特に仕事が嫌になったとか、会社が嫌いになったとかではなく「いっちょ辞めるか」という感覚でした。その時の上司と馬が合わなかったり、案件をぶち壊したり等はありましたが、決定打にはならず、本当に『天気が良いから』という理由が辞めた理由です。あとは、『今辞めると年収が下がって、今と同じ生活が出来なくなるから』という理由で辞めないのはダサいと思ったからです。逆に今、めちゃくちゃ年収が下がっても転職が出来たなら、今後の転職も怖くないだろう。お金を意思決定の指針にするのは危険だなぁ、とぼんやり思っていたのもあります。そうして係長→無職と一気に階段を駆け下りた無職が爆誕しました。会社を辞めた後の僕は「とりあえず何もしたくない」と思い、一人で北海道に行ったり、友達と旅行をしたり、スカイダイビングをしたり、Tinderで出会った女の子とセックスしたり、デブ専風俗嬢に恋して「無職なのに風俗来んな」と言われたりと、悠々自適な生活を送っていました。会社を辞めたのが11月の頭。年内いっぱいは本当に何もせずに毎日遊んでいました。年も明けた今年の二月の上旬。「いい加減何もしないのも飽きたな。よし、創作活動をしよう!俺は人気者になるんだ!」と無職は大決意しました。そこからは動画を撮ってみたり、他のラジオとコラボしてみたり、文章を書いてみてりと、いろんな事に挑戦して、最終的にそれで人気者になりてぇなぁ…と思っていました。ここで一つ問題が発生。金が底をつきました。厳密に言うと、働き始めないと確実に資金面で詰む事に気づいてしまいました。就活をすることも面倒な僕は、以前僕宛に電話をかけてきた胡散臭いスカウトの番号をメモっていたので、すぐその会社に電話を掛けて適当な会社を選んでもらい、即面接。即内定をもらいました。職種は同じ不動産の売買。定時が6時ということでその会社を選びました。年収は前職の三分の一くらいですね。そして僕はその会社で働く気力を完全に無くして、毎日結果も出さずにサボり続けています。基本毎日1~2時間。長い場合は6時間くらいサボっています。映画見たり、Tinderで出会った女の子とセックスしたり、しています。マジでやる気がゼロなので、本当に結果も出していません。今この文章も仕事をサボりながら書いています。カスです。今の会社に転職してもうそろそろ4か月。毎日サボっているので、逆に仕事というモノ。お金というモノ。生きるというコトに対して色々思う事がありました。なので、次回が最終章。『働き方とお金編&おまけ:1000万円稼ぐ営業スキル』

エントリーシートを一枚も書かずに24歳で年収1000万円になった話 パート2『怒涛社会人編』

前回『舐め腐り就活編はコチラ』こんにちは。北山です。この上の画像が怪しい情報商材っぽ過ぎて、Twitterで宣伝したらフォロワーが減りました。悲しいです。以下本編です。そんなこんなで僕が入社した会社は、中古の投資用マンションの会社。『投資用マンション』とは、賃貸が入ってる状態のマンションの事を言うのですが、ざっくり中古のマンションを売り買いをする会社、くらいの認識で問題無いです。基本的な仕事としては電話営業がメインです。ハチャメチャに電話をかけまくります。一日300~400本くらいは最初は電話を打ちまくります。ハチャメチャが押し寄せてきますね。でも、泣いてる場合じゃないんです。社会人だから。マンションを持ってるオーナーさんに電話をして、「ご所有のマンション売却しませんか?」って言いまくります。電話に出ない・本人いない・無言でガチャ切り・「売らない」ガチャ。が九割ですが、たまに「売ってもいいかな」って人がいるので、希望の金額で売却の依頼を受けます。相場1000万円のマンションで、オーナーの希望の売却価格が1200万円だった場合は、1200万円でネットに掲載したり売り出してお客さんを探します。でもどうせ売れないのでしばらくしたら「やっぱ1200万じゃ無理ですよ、1100万に値下して売りましょう」と提案して売り出し金額を下げて、950万円くらいで購入希望者が来たらオーナーさんに「こんなもんよ」と言い、買主さんには「もうちょい金額あげてよ」とお願いして980万円で売買を成立させたりをする感じです。これで手数料を貰ったり、買取をして販売をした差額の売り上げを出したりするのが基本の仕事です。なので最初はひたすらに電話を打ちまくります。入社して二日目にして「よし、じゃあ電話営業してみよっか」と悟飯の修行中のピッコロさんバリのスパルタで電話をさせられます。でも、僕は結構この電話営業が好きだったので、そんなに苦ではありませんでした。人の話し方を聞いて真似したり、(これは最強の話法を閃いてしまったな…)と試行錯誤するのが割と楽しかった思い出があります。このエピソード、成績が上がりそうな奴のエピソードっぽくないですか?でも僕は、めちゃくちゃ成績悪かったです。上のエピソードあるのに?って思いますよね。その会社では役職に「社員見習い」と「社員」というのがあって、三か月間で規定の売り上げを出したら見習いが取れて給料が上がったりやれることが増えたりするのですが、社員に上がれたのは同期20人中19番目でした。九か月かかりました。その間は成績上がってないのに朝のスピーチで「世の中変えるんで、ヨロシク」とめちゃくちゃイキり散らかして『チェンジザワールド』というあだ名が付いたり、成績が上がってないのに早く帰るわ、部長の飲みの誘いを「なんか、気分じゃないので帰ります」と断ったりとやりたい放題でした。ちなみに同期は入社半年後まで、月一人のペースで会社を辞めていきました。なので、僕が社員になる頃には6人辞めてました。バリバリの営業会社なので、合わない人はどんどん辞めました。僕は数字が上がらなかったのに(いや、俺やで…?)と謎の自信があったのでニコニコ働いていました。そして社会人1年目の冬、スーパーラッキーが重なって3か月間めちゃくちゃ大きい案件を僕が引き続けました。その会社では、6か月区切りで半期が区切られていて、半期で規定の数字を超えると主任に昇格できるのですが、一気にその主任数字を突破するくらいの大きい案件です。僕の直属の課長と部長が集まって「アイツ主任にしていいの…?」「いやぁ…?」と会議が行われました。話し合いの結果、初級を脱するのに9か月かかった僕は、その後3か月で主任になってしまいました。社会人二年目、僕の他に主任になったのは同期で三人。明らかに僕だけラッキーで主任になりました。実力不足ビンビンです。笑止ビンビン物語です。二年目の僕の上司になった先輩が僕の生涯で尊敬する先輩の一人『武田さん』です。この先輩の何が凄いって、頭が良くて何を質問しても絶対に教えてくれるし、自分が知らない事でも調べて教えてくれるのですが、僕が武田さんを尊敬してる最大の理由がめちゃくちゃ変人だからです。武田さんってめちゃくちゃ変人なんですよ。というか、めちゃくちゃ空気読めないタイプの人なんです。たまにいますよね。飲食店で頼んだ料理がちょっと出てこないとすぐ店員さん読んで「すみませんもう〇〇分来てないんですけど」って怒る訳でもなくロボットみたいに言う人。あのタイプなんです。バリバリの変人だから入社してすぐは社会人マナー無さ過ぎて、イカれてると思われてた人なんです。変人で空気読めない超論理的思考のコミュ力低いサラリーマンなんです。女の子の部下が要点を掴んだ話しが出来ないと「チッ 殺すぞ」って陰キャなのに面と向かって言うんです。ヤベェ奴ですよね。でも僕が大好きで尊敬してるのは変人の要素を上手く操って、物凄く仕事が出来るように超進化してるからです。武田さんは通常の人間なら気まずくて言えない事も死ぬほどハッキリ言うんですよ。お客さんとか、相手の業者とかに。感情を無視して結論まで最短の論理を使ってフルパワーでぶん殴る交渉をするんです。こんなに自分の変さを力に上手に変換できるんだぁ…、と感動しました。その変人武田さんの下で教えてもらったおかげで僕は、何とか主任に食らいつく事が出来ました。これが社会人二年目の話です。ちなみに社会人一年目の年収は330万くらいで、主任の二年目で年収は730万くらいでした。そして、二年目後半から三年目の『更なる昇格、そして転職編』に続きます。何のプロットも無しに書いてるので、気分で変更になるかもしれません。